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男子栄養学生しみずもときのブログ

高知県立大学4回生 しみずもときのブログです。 愛知県豊橋市出身  高知県高知市在住  21歳の男子栄養学生です。

食べきれないときは「ごはん」を残しても良いんだよという「食育」

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こんにちは❗

高知県立大学健康栄養学部のしみずもときです。

今回は先日ニュースになっていた富山県学校給食についての話です。

 

 

 議題の記事はこちらから⬇ 

news.livedoor.com

 

一文でまとめれば「給食を食べきれなかった生徒に担任が吐くまで無理やり食べさせた」という内容ですが…

 報道された情報が少ないので実際のところどんな状況だったか分かりません。

もしかしたら子どもがいつもいつも給食を残す偏食の問題児で先生も困っていたのかもしれません。

 

そこをいくら考えても仕方が無いことなので、今回はニュースの情報のみから僕が思ったことを書きます。

 

 

 

「ごはん」を残しても良いということを教える食育もあったんじゃないか?

 

 

子どもの食育ってすごく難しいと思うんです。

例えば、異常に欠食してしまってて見るからに栄養不良を起こしている場合明らかに食べものを粗末に扱って「食事」の大切さをまだ分かっていない場合とか。

 

もちろん無理やり口に押し込むのはダメですよ。

 

ただ、家庭においての食育だったら、食べきるまで席を立たせないとかこの料理だけは食べきろうねとかいうルールはありな気がします。

 

僕だって昔から何でもかんでも食べて育ってきたわけではないですから。

 

 

一応学校という場の「食育」においては 「学校給食法」に基づいて行われることになっています。(以下『学校給食法』より:H.29.5)⬇

 

 第二条  学校給食を実施するに当たつては、義務教育諸学校における教育の目的を実現するために、次に掲げる目標が達成されるよう努めなければならない。


一  適切な栄養の摂取による健康の保持増進を図ること。
二  日常生活における食事について正しい理解を深め、健全な食生活を営むことができる判断力を培い、及び望ましい食習慣を養うこと。
三  学校生活を豊かにし、明るい社交性及び協同の精神を養うこと。
四  食生活が自然の恩恵の上に成り立つものであることについての理解を深め、生命及び自然を尊重する精神並びに環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五  食生活が食にかかわる人々の様々な活動に支えられていることについての理解を深め、勤労を重んずる態度を養うこと。
六  我が国や各地域の優れた伝統的な食文化についての理解を深めること。
七  食料の生産、流通及び消費について、正しい理解に導くこと。

 
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第三章 学校給食を活用した食に関する指導

第十条  栄養教諭は、児童又は生徒が健全な食生活を自ら営むことができる知識及び態度を養うため、学校給食において摂取する食品と健康の保持増進との関連性についての指導、食に関して特別の配慮を必要とする児童又は生徒に対する個別的な指導その他の学校給食を活用した食に関する実践的な指導を行うものとする。この場合において、校長は、当該指導が効果的に行われるよう、学校給食と関連付けつつ当該義務教育諸学校における食に関する指導の全体的な計画を作成することその他の必要な措置を講ずるものとする。


2  栄養教諭が前項前段の指導を行うに当たつては、当該義務教育諸学校が所在する地域の産物を学校給食に活用することその他の創意工夫を地域の実情に応じて行い、当該地域の食文化、食に係る産業又は自然環境の恵沢に対する児童又は生徒の理解の増進を図るよう努めるものとする。


3  栄養教諭以外の学校給食栄養管理者は、栄養教諭に準じて、第一項前段の指導を行うよう努めるものとする。この場合においては、同項後段及び前項の規定を準用する。

 

 細々と長い文章を引用してごめんなさい。

簡単に言ったら給食の目標はこんな感じです⬇
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これを見る限りだと「残さず食べる」「教えた」今回のニュースの先生は的外れなことをしていないんですよね…

 

 

 でも、この先生のしたことが正しいか?と言われればそれは絶対に違います。

 

あんまり憶測で話すのがダメなことは分かっていますが、無理やり食べされられたという経験を学校給食でしてしまったこの少年は学校給食を嫌いになったのではないかと思いました。

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僕の周りの友達も小学校、中学校のときの学校給食が好きだったという人と嫌いだったという人に分かれます。

 

将来「管理栄養士」になる栄養学部の学生ですらです。

 

牛乳が嫌いとかおかずが美味しくなかったとか人それぞれ理由はあると思いますが、今回のニュースのような 先生が無理やり食べさせて学校給食が嫌いになるということは本当に悲しくなってきます。

 
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つくった料理を残されたら誰だって嫌ですよ。

調理した人だって、献立を考えた人だって、もちろん食材を生産している人だって。

 

誰だってそうです。

 

でもたった一度の「残さず食べきれなかった」という想い出と今後一生つきまとう「残さず食べなくてはいけないと強制された」経験。

どちらが優先すべきことでしょうか?

 

学校給食は食育の教材として使われています。

国語の教科書や音楽のリコーダーのようなものです。 

地産地消や食品ロスを学ばせるために全部残さず食べさせる食育よりも本当に食べれないときは残してもいいんだよという教えの方が本当の食育じゃないんでしょうか?

 

 

僕は教職の授業を大学でとっていないので分かりませんが教師にとっての『給食』ってどういう位置づけなんだろう?

 

今まで食育について全く興味はありませんでしたが今回このニュースを見て真剣に考えてみようと思いました。

 

食事の残し癖をつけろという訳では決してないですが…

 
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食べれないときは「ごはん」を残してもいいんだよ。

 

というのが今の僕の意見です。

 

 

こういう学校の先生がいるかぎり栄養教諭がどれだけ頑張っても学校給食のイメージが良くなることは永遠にないんだろうなぁ…

 

あとやっぱり学校での食育よりも家庭での食育を重視したほうがいいんじゃないかなぁ…

 考えれば考えるほど学校での食育」には限界しか感じません。

 

賛否あると思うのでコメント頂けると嬉しいです。

 

 

今回はここまで!

最後まで読んで頂きありがとうございました!